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最高裁判所第三小法廷 昭和39年(あ)1439号 決定

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人前堀政幸の上告趣意は、単なる法令違反の主張であつて(なお、刑訴三三二条は、当該事件について地方裁判所が事物管轄をもつ場合にのみ適用があるものと解するのが相当である。)、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。また記録を調べても同四一一条を適用すべきものとは認められない。

よつて同四一四条、三八六条一項三号により裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官横田正俊 裁判官石坂修一 五鬼上堅磐 柏原語六 田中二郎)

弁護人前堀政幸の上告趣意

原判決は法令の適用を誤り、その誤の故に迅速な裁判が妨げられる結果を招来するから、之を破棄しなければ著しく正義に反する。

即ち原判決は第一審京都地方裁判所が本件について言渡した判決を破棄し、本件を京都簡易裁判所へ差戻す判決を言渡したが、その理由とするところは要するに本件は昭和三十五年法律第一四一号により同年八月二日改正され同年九月一日施行された道路運送法第一二八条第一号、第四条第一項の改正前の同条項に該当する罪として公訴を提起せられたものであるところ、その法定刑としては罰金刑のみが定められており、裁判所法第二十四条第一号、同法第三十三条第一項第二号の各規定に謂う「罰金以下の刑にあたる罪に係る」事件であるから、京都簡易裁判所の裁判権に属し、京都地方裁判所の管轄から除外されておるに拘らず、本件公訴を受理した京都簡易裁判所が、公訴受理後前述の道路運送法第一二八条第一号の規定の改正により法定刑として懲役刑が設けられるに至つたので、本件が京都地方裁判所の裁判権にも属するに至つたことを理由として、刑事訴訟法第三三二条の規定に則り、本件を京都地方裁判所に移送の決定をしたが、刑法第六条の適用により本件に科せられるべき刑は右法令の改正前の罰金刑のみになるのであるから、裁判権の所在もまたそのことによつて決せらるべきであり、従つて京都簡易裁判所が本件は京都地方裁判所の裁判権に属するものとしてこれを同裁判所へ移送する決定をなし同裁判所が之を適法な決定と認めて本件を受理審判したのは、同裁判所が不法に管轄を認めたものであるから原判決は破棄を免れないと謂うのである。

而して原判決が前述の判示理由とするところは、昭和三九年二月二六日最高裁判所大法廷が昭和三七年(あ)第一一六四号事件につき言渡した判決の判示に従つたものであることは明かである。

然し右最高裁判所の判例こそ法令の解釈を誤り因て法令の適用を誤つておるのであつて、本件の審理を機会に逸早く変更せらるべきものである。

(一) 思うに本件の裁判権(所謂事物管轄に該る)が第一義的に京都簡易裁判所に属し、京都地方裁判所のそれに属しないことは裁判所法第二十四条第一号、同第三十三条第一項第二号の規定によつて明かなところであり、それ故に本件公訴がもともと京都簡易裁判所に提起せられ、同裁判所がこれを受理したのは適法であつた。

(二) 而して本件公訴を受理した京都簡易裁判所が本件を京都地方裁判所に移送する決定をしたのは裁判所法第三十三条第三項の規定と無関係であつて、唯刑事訴訟法第三三二条に則つたものであることも明かである。

(1) ところが簡易裁判所が刑事訴訟法第三三二条に則つて事件の移送を相当と認めたときは移送の決定をしなければならないのであるが、このように事件を地方裁判所に移送するについては、当該簡易裁判所が当該事件を移送するのを相当と自ら認めたことを以て足るのである。

このことは法が同法条に関連して、この「移送」を制約する何等の規定をも定めていないことによつて明かである。

(2) 論者或は、裁判所法第二十四条第一号の規定によれば地方裁判所の裁判権からは「罰金以下の刑にあたる罪にかかる訴訟」事件が除外されており、この規定が刑事訴訟法第三三二条の規定に対する制約規定であると言うであろうか。

(い) 然し裁判所法も刑事訴訟法もともに法律として同等の効力を有するのであつて、裁判所法を以て優位に在るとすることはできない。然らば同法は矛盾なく両立するように合理的に解釈せられなければならないのである。

ところが刑事訴訟法(従つて同法第三三二条の規定)は明らかに裁判所法(従つて同法第二十四条第一号の規定)よりも後に制定施行せられたのであるから、若し刑事訴訟法第三三二条の規定が同格の法律である裁判所法第二十四条第一号の規定によつてその効力を制約排除されるものとするのであれば、同格の法律である両法の規定において、殊に後に制定される刑事訴訟法においてそのことを明かにする何等かの立法措置がなさるべきであつたはずであるのに、そのような立法措置は何れの法律においてもなされていないのである。

それ故前述の両規定は同格の法律として矛盾なく両立するように合理的に解釈せられなければならないことが分るのである。

(ろ) ところで法が裁判所法第二四条第一項の規定を設けて「罰金以下の刑にあたる罪に係る」事件(以下「そのような事件」とも言う)を地方裁判所の裁判権から除外しておるのは、地方裁判所が「そのような事件」を審判する裁判力(機能)を有しないとか、之に親しまないと認めたからではなく、逆に「そのような事件」に対しては地方裁判所の裁判力(機能)が一般的抽象的に考えて余りすぎたと認めたからである。

そして右の考え方の反面として「そのような事件」の審判は一般的抽象的に言つた簡易裁判所の裁判力(機能)が十分に果せると認められたから簡易裁判所の裁判権を定める裁判所法第三三条一項第一号の規定の中に「そのような事件」を含める定をしたのである。

(3) 然し法が何故に「そのような事件」は地方裁判所の裁判力では力が余りすぎ、簡易裁判所の裁判権だけで事足りると認めたかは、前述の通り一般的抽象的に考えると、それ相当の理由があるのである。

何故なら「そのような事件」は一般的抽象的に考えると比較的に重大でない事件であり、通常の場合その内容も比較的簡単であろうからこれが審判をなすについては、通常そんなに大きな裁判機能を必要としないのであり、簡易裁判所の裁判機能を以てして足ると認めてよいのである。

(4) 然し「罰金以下の刑にあたる罪に係る」事件と言えどもその総てが簡易に審判できるものであるとは限らないのであつて、時には事案の内容が複雑であつて、審理上大量の証拠調をを必要とするため簡易裁判所の裁判機能を超えるとか、そうでないにしてもその裁判機能を阻害する虞を生ずるようなことがないとは限らないのである。つまり当該簡易裁判所の具体的裁判機能から見て事件の具体的内容又は審理の具体的経過に鑑み、例外的に簡易裁判所の裁判機能に適しないと判断するのが相当であるとされるものがあり得るのである。

殊に簡易裁判所判事を以て構成せられる簡易裁判所の裁判機能を適正に評価すれば右のように認められるのである。このことは決して簡易裁判所の裁判機能を軽視するものではなく、むしろ簡易裁判所本来の裁判機能を正視する所以である。

(い) 今茲で個々の簡易裁判所判事の人物、能力を云為せんとするのではない。然し簡易裁判所はそれを構成すべき簡易裁判所判事の任用規定及び報酬規定等に鑑みるも、地方裁判所を構成する裁官に比較すれば経験の比較的浅い裁判官であるか又は専門知識の必ずしも十二分でない裁判官であるか、さもなくば知識及び経験は豊かであるが考齢のため気力体力ともに衰えの認められる裁判官を以て構成せられ且その報酬、所遇には格差を設けられておることは明かである。

(ろ) 而も最高裁判所の行政措置によれば簡易裁判所の職員の配置は、地方裁判所のそれに対し〇・三対一の比率で事件を処理するように工夫されているのである。

(は) これらの事実に基いて、端的に言えば、簡易裁判所は地方裁判所でしなければならないほどの裁判機能を果さなくてもよいということを制度上認められておると言えるのである。それ故若し簡易裁判所が刑事事件の審理に当つて、地方裁判所でなければ果し得ないであろうと思われる程度の分を超えた裁判機能を発揮しなければならないことになるだろうと思うようになつたときには、その事件の審理を適正迅速に処理するため、これを地方裁判所へ移送するような措置を講ずべき合理的な必要が生ずるのである。

(5) そこでこのような異例な場合にはその事件について、当該簡易裁判所が自らその審理をなすことが自己の裁判機能に鑑み適当でないと判断したときはその事件の審判を地方裁判所に委託するため、之を地方裁判所に移送せしめることは本来は、劃一的に裁判権の分配所属を定めた裁判所法第二十四条第一号及び第三十三条第一項第二号の枠を外して例外的に個々の事件の第一審裁判所の裁判権を具体的に配分し直し以て適正且迅速な裁判を所期する所以であつて洵に合理的な措置であると言わねばならない。

而して簡易裁判所の裁判機能は抽象的には裁判所法の定めた同裁判所の構成によつて一応評価できるところであるが、具体的事件に関しては当該簡易裁判所自らそれを判断せしめる外に方法はないのであるから地方裁判所はそのような判断に基いてなされた簡易裁判所からの事件の移送を甘んじて受理して裁判権を行使するのが適切妥当であると認められる。

(三) 叙上のような合理的考慮から刑事訴訟法第三三二条の規定が立法せらるべき理由がある。

この場合地方裁判所は「罰金以下の刑にあたる罪に係る事件について第一義的本来的に裁判権を与えられておらないのであるから絶対的に「そのような事件」を之に受理審判させてはならないとすべき形式的理由、実質的理由は何もない。

従つて刑事訴訟法第三三二条の規定は「そのような事件」の具体性に即して裁判所法第二四条第一号並に同法第三三条第一項第二号の各規定の効力を排除して、個々の事情について地方裁判所に裁判権(事物管轄)を創設する権能を簡易裁判所に与えたものと解すべきである。

而してこのように裁判所法の規定にも拘らずその効力を排て、個々の事件について裁判権(管轄)を個々具体的に創設することは、何も裁判秩序を乱すものではなく、却つてそのことに合理性があるとする法の精神は刑事訴訟法第十五条乃至第十九条の諸規定(管轄指示、管轄移転)中にも之を看取することができるのである。刑事訴訟法の規定の配列中、同法第三三二条の規定がその第一章「裁判所の管轄」のところにおかれないで、第三章「公判」第三節「公判の裁判」のところにおかれていることによつて、刑事訴訟法第三三二条の規定が「罰金以下の刑にあたる罪に係る」事件についての裁判権(管轄)問題にふれるものでないと解すべきではない。

而して右所論は、法令の改廃によつて、「罰金以下の刑にあたる」に係る事件が懲役刑にあたる罪に係る事件となつた場合とか、またその逆の場合となつたような「刑の変更」に絡る法理によつて影響を受けるところはないのである。

(四) 然るに原判決及び原判決が依拠しておる前述の最高裁判所判例は、刑事訴訟法第三三二条の規定が「罰金以下の刑にあたる罪に係る」事件について地方裁判所の裁判権(管轄)を創設する効力を有することを否定する見解を示しておることは明かであつて、この点において裁判所法第二四条第一号、同法第三三条第一項第二号、刑事訴訟法第三三二条の解釈を誤りその適用を誤つておるのである。

(五) 今参考として茲に大阪高等裁判所(第四刑事部)が、昭和三九年五月六日に昭和三七年(う)第一九九二号被告人八住力に対する恐喝並に道路運送法違反被告事件に対し言渡した判決を引用(末尾に添付の判決参照)すると、同判決によれば京都地方裁判所は同被告人に対する恐喝被告事件の公訴を受理した後、京都簡易裁判所が刑事訴訟法第三三二条の規定によつて移送した同裁判所に係属中の同被告人に対する道路運送法違反被告事件を受理した上之と右恐喝被告事件との両被告事件を併合審理した裁判を行つた第一審判決を是認しておるのである。

さて右判決は、京都地方裁判所が裁判権を有しない「罰金以下の刑にあたる罪に係る」事件(改正前の道路運送法第一二八条第一号、同第四条第一項に該る罪の事件である)につき審判を行つておるのであつて、前述の最高裁判所判例によれば、右判決も亦不法に管轄を認めたことになる。

ところが右判決は右最高裁判例に従つて刑事訴訟法第三三二条による右移送を違法と判示しながら、刑事訴訟法第三条の規定を引用して右併合審理を結局適法であるとしておるのである。

然し右判決の説示するところは牽強附会の論である。何故なら刑事訴訟法第三条による関連事件の併合審理は刑事訴訟法第三三二条による移送とは無関係の措置であるからである。それ故右判決が第一審裁判所が右恐喝事件と右道路運送法違反事件の併合審判を行つたことを容認したのは右移送を違法だと言ひ乍らその実適法と認めたものと言はなければならない。そうすると原判決は右大阪高等裁判所の判決と相反するものとなるのである。

然しわれわれは結論においては右判決を是認し、原判決及び右最高裁判所判例に反対するものである。

(六) 之を要するに刑事訴訟法第三三二条の規定は「罰金以下の刑にあたる罪に係る」事件について地方裁判所の裁判権(管轄)を創設するものと解するのが形式的にも実際的にも妥当であり合理的である。原判決並に前述の最高裁判所大法廷の判例は前述の通り法令の適用を誤り、その結果、本件を今にして無用に第一審裁判所に移送せんとするものであつて、訴訟遅延を招来することは明かであるから、右最高裁判所大法廷の判例を変更し原判決を破棄しなければ著しく正義に反するのである。

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